母が・・・・

亡くなりました・・・。


9日に倒れて危篤状態の連絡があり

翌日 田舎に帰り 病院に直行し5日間 付き添いをし

絶飲絶食の母が「ハラ減った・・」と何度も訴えてきても


その望みを叶えてあげることも出来ず。

母の意識は しっかりとしていて、ワタシや姉が付き添っていることも認識していた。

次々に 訪れてくれる見舞客も 一人ひとり 見つめて自分から話しかけることはなかったが

甥や姪から声をかけられると 頷いていた。



母は6人妹弟の一番上。その兄弟たちも皆 子だくさんで 縁戚が多い。

ひっきりなしにお見舞いがやってきて、集中治療室で部屋も広いのもあってか

みな、意外とのんびりと 昔話に花を咲かせて・・・。


兄嫁さんが「ババさまは とっても頭のいい人で 人の悪口を言うのを 聞いたことがなかった。

多分、私に対して 言いたいこともいっぱいあったんだろうけれど

いつも私を頼ってくれて この頃はババさまの方が子供みたいで


お父さん(私の兄、お嫁さんの旦那さん)に いじめられたと私に言ってくるんだよ(笑)

ほんとに頭のいい人だな~って つくづく思う。それを感じさせない人だったし。

それと うんと我慢強い人。グチも言わない人だったし。」


私は18歳で家を出て 母との同居は それっきりだが

兄嫁は40年近く 嫁、姑としての付き合いがあり、同居生活も15年以上になる。

兄嫁は1週間のうち半分以上は習いごとなどで日中、家を空けることが多く、


母は 反対に出歩くことが苦手で、とにかく大地と向かい合っているのが大好きな人だった。

倒れても手術することも出来ず、ただただチューブで生かされていた母。

母には それが悔しかったらしく「こんな風にして生きていても しかたない。


お金もうんとかかるし、こんな紐だらけはやめてほしい。」と何度も言っていた。

「今 死ぬと 葬式とか寒くて大変だから もう少し生きて暖かくなってから死にたい」とも言ったり。


ワタシが病室に行った時、目が覚めた母は「今、父さんが その辺 うろうろしていた」とイヤ~な顔で

言っていた(笑)

ワタシ「ということは 父さん、天国に行けたんだねw それが分かっただけでもいいよね。父さんのしてきた


ことって、地獄に行くほどのことじゃなかったってことなんだねw

天国では父さん お酒におぼれることもなく きっと幸せに暮らしているんだねw」と言ったら

母は「それでも、父さんと一緒に暮らしたくないなぁ・・」とつぶやいていました。


そのあと、ワタシ「父さん、まだ母さんは 天国にいくときじゃないから 消えてよね~」と言っておいたw






昨年に母の夢をみたとき

母は森の奥深いところの 大きな切り株に腰かけていて そこだけが キラキラと輝いていて

天からは 薄日が差し込んでいて 母はまだ若くて豊かな黒髪が背中にあった。


母は何も言わずに腰かけたまま 両手をワタシのほうに伸ばしていた。

ワタシも何も言わずに 母の膝に半身を預け 顔は母の胸に 押しつけて 両手を母の背中に回して

ただただ泣いていた。主人の事を言いたいけれど、言えずに ただただ泣いていた。


母は すべてを知っているかのように 黙ってワタシの背中を抱きしめてくれていた。

母の匂い・・・・今も 鮮明に覚えている。大地と汗が交った 母の匂い。

あの匂い、好きだったな~。学校から帰ると いつも田んぼか畑にいた母に近づくと その匂いがしていた。



その夢が 暗示のように思えて昨年 帰省したのだが、現実となってしまった。


母の最期は やすらかに苦しむこともなかったそうだ。

自宅で倒れて救急車で運ばれて 10日あまり・・・。


60歳の誕生日に どんと死ねるようにと申と書いた 下着を着用したと言っていた母。

願いが叶って よかった・・のかな?


母に 主人との別居を知られずに 済んで良かった。


そんなことでしか親孝行 出来なかったワタシ。

もう幸せ家族を演じなくても いいんだな~と・・・


でも、もう母には会えない・・・・母には もう あえない・・・よ・・。


母さん ありがと。  産んでくれてありがと。 育ててくれてありがと。





ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

2013年01月21日 00:40
この度はご愁傷さまです。突然のことで驚きました。
お母様のご冥福をお祈りいたします。
ほたる
2013年01月25日 12:00
hiromiさん コメント返しが遅くなり、申し訳ありません。

母の死は 既に覚悟を決めていたので それほどの衝撃もなく受け入れることが
出来ました。
母がこの世に 遣り残したこともなく、晩年は大好きな時間を充分に堪能し
満たされた日々を過ごしていたということも知っていたので
母の無念さも感じることもなく、ワタシまで母を通して満たされた達成感で一杯になりました。
痛みのない症状のため、苦痛に悩まされることもなく本当に穏やかな10日間でした。コメント、ありがとうございました。

この記事へのトラックバック